この10年間の取り組みの意味は何だったのか――。
高校1年の同級生を殺害したとして、長崎県佐世保市の少女(16)が逮捕された事件は、2004年に同市で起きた小6女児殺害事件を機に、命の教育を実
践したり見守り活動を行ったりしてきた人たちにも、重い課題を突きつけた。「自分たちの取り組みは正しかったのか」と悩みながら、子供たちの命を守るため
の方法を模索している。
04年に事件が起きた大久保小で、子供たちの見守り活動を続けている民生委員、一山信幸さん(74)は今回の事件に「まさかと思った。市を挙げて子供た
ちに命の大切さを伝えてきて、少しは心に響いていると思っていたが……」と話す。そして「逮捕された少女が住む地域の住民も、同じような悩みを抱いたので
はないか」とため息をついた。
04年の事件を機に、同小の校区では、一山さんら住民が毎朝通学路に立ち、登校してくる児童に「おはよう」と声をかけ続けている。だが今回の事件で「自分たちがやってきたことは十分だったのか」と、自問自答を強いられている。
それでも、「ただ落ち込んでいるだけでは何も進まない。もう一度、子供たちをどう支えていけばいいか、地域住民で話し合わなければ」と、自らに言い聞かせるように語った。
04年の事件後、校長として4年間、大久保小で勤務した三島智彰さん(60)は、今回の事件に「非常に悔しい」と唇をかんだ。
同小赴任後、命の大切さを訴え、児童らが孤立しないよう、家族や学校、地域住民との連携を重視した取り組みに奔走した。来月22、23日にはPTAの大会で、事件後の学校の取り組みについて紹介する予定だった。
「今回の事件は真摯(しんし)に受け止めなければならず、大会でも触れざるを得ない」と表情を曇らせたが、「地域ぐるみで子供の居場所をつくるという狙いは間違いだったとは思わない」。
逮捕された少女が一人暮らしだったことにも触れ、「大人が居場所を作ってやれなかったのかもしれない。学校だけでなく、家庭、地域との連携を進めていくことが不可欠だと改めて思う」と話した。
不登校やひきこもりの児童や生徒の支援をしている佐世保市のNPO法人「フリースペースふきのとう」では、子供や保護者を対象に勉強会を続けてきた。山
北真由美理事長(70)は「市教委なども様々な対応を続けてきたが、結果的に、どこかに問題があったということになる」と指摘。
「今回のような事件は、いくつもの要因が重なって起きる。どこかで防ぐ道はあったはず。専門家などから広く意見を取り入れて背景を検証しないといけない」と訴えた。
タオバオ
2014年7月29日星期二
2014年7月25日星期五
必ずダメになる人
誰もが必ずしも一度は「成功したい」「もっと上へ行きたい!」と思うもの。しかしながら、その一方で、成長がとまり、期待外れに終わってしまう人も多くい
ます。そんな中、田村さんは実業界や政界で一見うまくいっているような人の中でも、「落ちてしまう」人には1つの共通点があることを見つけました。そして
なんと田村さん自身もその特徴に当てはまっていたそう。あなたは特徴、何だと思いますか……?
●何が人を成功から遠ざけるのか?
政界でも実業界でも「ダメになるだろうな」という人には共通点がある。これはかくいう私自身のことでもある。
まず、成功する人の共通の特性は、常に「自分を見失わない」ところだ。一方失敗をする人の共通点とは「自分を見失う」ことにある。
そして、この「自分を見失わせるもの」こそが“無駄なプライド”だ。舞い上がって妙なプライドを身にまとっている人は、それを通して物事を見てしまうから、自分が見えなくなる。
本来であれば、等身大の自分を知り、その上で達成しようと思うものを持つのが正しい目標設定だ。たとえ成功途上でも、等身大の自分と、目標に比しての自分 の到達点を見失わなければ、成功を続けられる。ところが、少し成功してしまったりすると、たちまち妙なプライドが自分の視野に入ってきて、等身大の自分を 見る姿勢を邪魔してしまう。そこで多くの人が、自分や自分の目標を見失い落ちていく。
妙なプライドを持っている人は、どこかでちょっとした成功体験を持っている場合がほとんどだ。成功体験があるからプライドを持ってしまう。そこでつけてしまったプライドが、等身大の自分を見続けることを邪魔しているのである。
成功すると、いろんな意図を持った人が持ち上げに来る。そういう称賛の声は素直に受けたほうがいいが、決して真に受けないことだ。人生の途上のちょっとし た成功なんて、これから続くかどうかわからない。いい学校や組織に入れたり、たまたまいい成績を出したり、何か資格や賞をとったり、選挙に当選したり、い い肩書きを手に入れたり、それはそれで素晴らしいことだが、経過を目標と読み違えないこと。
通過点を越えるたびに自信をつけたり、一休みしたりするのはいいことだが、調子に乗ることは絶対にあってはいけない。常に「通過点だ」「目標はこんなもん じゃない」と思っておこう。まだ何も成し遂げていないのに、威張ったり人を見下したりする自分がいたら叱りつけるべきだ。
初当選して国会議員になったとき、すべての待遇が変わった。ここで勘違いが生じやすい。飛行機に乗るときもVIP扱い。新幹線もグリーン車がタダ。まだ何 も成し遂げていないのに、どこに行っても誰からも「先生」と呼ばれる。先輩が連れて行ってくれる飲食店は、それまで行ったことのないような場所だ。
有名人とのテレビ番組にも呼ばれ、今までテレビでしか見たことのない有名人たちとカメラの前で馬鹿話をして、自分も有名人になったような錯覚に陥る。外国 に行けば在外公館の方々が迎えに来て、情報や資料を適宜まとめて提供してくれる。有能な秘書はアポイント調整から健康診断の手配まで何から何までやってく れ、自分では切符も買えなくなってしまった。
以来、リハビリもかねて自分で何でもやるようにしてきたが、自分で自分のことをやれるようになるまで結構時間がかかった。国会議員になるために選挙は頑 張ったかもしれないが、それは陣営の方々が頑張ってくれたおかげにすぎない。当選しただけでチヤホヤされるうちに、妙なプライドが自分を見失わせてしま う。議員になるのは手段にすぎず、途中経過であり、目標ははるかまだ先。なのに、この周りの錯覚のさせ方で、だいぶ多くの議員が妙なプライドがついて自分 を見失っている。恥ずかしい話、私もそうだった。タオバオ仕入れ
●何が人を成功から遠ざけるのか?
政界でも実業界でも「ダメになるだろうな」という人には共通点がある。これはかくいう私自身のことでもある。
まず、成功する人の共通の特性は、常に「自分を見失わない」ところだ。一方失敗をする人の共通点とは「自分を見失う」ことにある。
そして、この「自分を見失わせるもの」こそが“無駄なプライド”だ。舞い上がって妙なプライドを身にまとっている人は、それを通して物事を見てしまうから、自分が見えなくなる。
本来であれば、等身大の自分を知り、その上で達成しようと思うものを持つのが正しい目標設定だ。たとえ成功途上でも、等身大の自分と、目標に比しての自分 の到達点を見失わなければ、成功を続けられる。ところが、少し成功してしまったりすると、たちまち妙なプライドが自分の視野に入ってきて、等身大の自分を 見る姿勢を邪魔してしまう。そこで多くの人が、自分や自分の目標を見失い落ちていく。
妙なプライドを持っている人は、どこかでちょっとした成功体験を持っている場合がほとんどだ。成功体験があるからプライドを持ってしまう。そこでつけてしまったプライドが、等身大の自分を見続けることを邪魔しているのである。
成功すると、いろんな意図を持った人が持ち上げに来る。そういう称賛の声は素直に受けたほうがいいが、決して真に受けないことだ。人生の途上のちょっとし た成功なんて、これから続くかどうかわからない。いい学校や組織に入れたり、たまたまいい成績を出したり、何か資格や賞をとったり、選挙に当選したり、い い肩書きを手に入れたり、それはそれで素晴らしいことだが、経過を目標と読み違えないこと。
通過点を越えるたびに自信をつけたり、一休みしたりするのはいいことだが、調子に乗ることは絶対にあってはいけない。常に「通過点だ」「目標はこんなもん じゃない」と思っておこう。まだ何も成し遂げていないのに、威張ったり人を見下したりする自分がいたら叱りつけるべきだ。
初当選して国会議員になったとき、すべての待遇が変わった。ここで勘違いが生じやすい。飛行機に乗るときもVIP扱い。新幹線もグリーン車がタダ。まだ何 も成し遂げていないのに、どこに行っても誰からも「先生」と呼ばれる。先輩が連れて行ってくれる飲食店は、それまで行ったことのないような場所だ。
有名人とのテレビ番組にも呼ばれ、今までテレビでしか見たことのない有名人たちとカメラの前で馬鹿話をして、自分も有名人になったような錯覚に陥る。外国 に行けば在外公館の方々が迎えに来て、情報や資料を適宜まとめて提供してくれる。有能な秘書はアポイント調整から健康診断の手配まで何から何までやってく れ、自分では切符も買えなくなってしまった。
以来、リハビリもかねて自分で何でもやるようにしてきたが、自分で自分のことをやれるようになるまで結構時間がかかった。国会議員になるために選挙は頑 張ったかもしれないが、それは陣営の方々が頑張ってくれたおかげにすぎない。当選しただけでチヤホヤされるうちに、妙なプライドが自分を見失わせてしま う。議員になるのは手段にすぎず、途中経過であり、目標ははるかまだ先。なのに、この周りの錯覚のさせ方で、だいぶ多くの議員が妙なプライドがついて自分 を見失っている。恥ずかしい話、私もそうだった。タオバオ仕入れ
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